フルートを持つ女性が微笑む、演奏活動実践スクールの宣伝バナー。受講で演奏力を仕事につなげることを訴求。

私が「演奏活動実践スクール」を立ち上げた理由|森口九喜子の想い

森口九喜子の想い

「演奏したい」という気持ちを、仕事につなげられる人を増やしたい

私は、最初から順調に音楽の道を歩いてきたわけではありません。

むしろ、子どもの頃から何度も、

「音楽はダメ」
「お金がかかるからダメ」
「女性は家庭に入るものだから」

と言われながら、それでも音楽を諦めきれずにここまで来ました。

今、私は演奏活動実践スクールで、演奏の仕事をしたい方のサポートをしています。

でも、このスクールを立ち上げたのは、単に「講座を作りたかったから」ではありません。

私自身が長い時間をかけて、何度も演奏の仕事がゼロになり、そのたびに自分で仕事を作り直してきたからです。

そして、その方法を自分だけのものにして終わらせたくないと思ったからです。

5歳の頃から、私は「演奏する人」になりたかった

私は、クラシックギターを趣味で弾いていた父の影響で、小さい頃から音楽が好きでした。

5歳の頃、幼稚園の先生がオルガンを弾いている姿を見たことを、今でも覚えています。

先生が両手を動かすと、美しい音楽が流れてくる。

私はそれを見て、

「両手で弾くと、こんなにきれいな音楽になるんだ」

と、とても不思議に思いました。

ある日、幼稚園の外遊びの時間に、みんなが園庭へ行った隙を見て、私は教室に残り、先生のオルガンを両手で弾いてみました。

ところが、ピアノを習ったこともない私が弾いても、先生のような美しい音楽にはなりません。

自分でも、

「なんて汚い音なんだろう」
「私には全然できない」

と思いました。

すると、後ろから園長先生が、

「くきちゃん、じょうずね」

と声をかけてくださいました。

でも私は、褒められて嬉しいというより、

「こんなことではダメだ。ちゃんとピアノの先生に習わなければ」

と思いました。

そして母に、

「ピアノを習いたい」

と頼みました。

けれど、答えは「ダメ」でした。

ピアノは高価だからダメ。

レッスンにもお金がかかるからダメ。

母は、私が音楽の道へ進むことそのものにも反対していました。

母は、

「女性は結婚して家庭に入るもの」

という考えを強く持っていたからです。

それなら、父と同じギターならいいのかもしれない。

そう思って、

「ギターを買ってほしい」

とお願いしました。

でも買ってもらえたのは、プラスチックのおもちゃのギターでした。

当然、私が思い描いていたような美しい音楽を奏でることはできませんでした。

習えないなら、自分で覚えようと思いました

それでも私は、音楽を諦めませんでした。

学校へ行くと、ピアノを習っている友達がいました。

私は、その子がピアノを弾いている両手の動きを、じっと見ていました。

どの指をどう動かしているのか。

目で見て覚えて、同じように自分の両手を動かしてみました。

すると、今度は音楽になりました。

その頃、父が職場の同僚の方から、捨てる予定だった古い電気オルガンをもらってきてくれました。

私にとっては、宝物でした。

毎日毎日、その電気オルガンを弾きました。

学校の体育館にあるピアノでも練習しました。

それでも私は母に、

「ピアノを習いたい」

と言い続けていました。

でも、

「音楽はお金がかかるからダメ」

という答えは変わりませんでした。

中学校で、やっと吹奏楽部に入りました

中学校に入ったとき、私は考えました。

「部活動なら、音楽をやってもいいのではないか」

そして、吹奏楽部に入りました。

ところが、母には怒られました。

「お嫁に行っても困らないように、茶道部か華道部か家庭科部に入り直しなさい」

と言われました。

私はどうしても音楽をやめたくありませんでした。

そこで、

「一度入った部活は辞められない決まりになっている」

と嘘をつきました。

本当は、そんな決まりはありませんでした。

それでも私は吹奏楽部に残り、毎日練習しました。

一番下手だった私が、フルートを吹くことになりました

私は体格が小さかったこともあり、フルートを担当することになりました。

ところが、最初はなかなか音が出ませんでした。

周りの子は吹けるのに、私は吹けない。

他の子のように上手に吹くこともできず、私は一番下手でした。

悔しくて、毎日学校で練習しました。

でも、家にはフルートがありません。

それでも練習したかった私は、お風呂場の水道の蛇口をフルートに見立てて、指の練習をしていました。

ある日、あまりにも長い間お風呂から出てこない私を心配して、母がドアを開けました。

「何をしているの?」

と聞かれたので、

「フルートを持っていないから、蛇口で練習していた」

と答えました。

すると母は、私を楽器店へ連れて行ってくれました。

そして、一番安いヤマハのフルートを買ってくれました。

私は本当に嬉しくて、月のお小遣い500円でフルートの教本を買いました。

そしてまた、毎日毎日練習しました。

「どうしたら、そんなに上手になれるの?」

どれだけ練習しても、どうしてもかなわない同級生がいました。

私はその子に聞きました。

「どうしたら、そんなに上手になれるの?」

するとその子は、

「お父さんがフルートの先生なの」

と言いました。

私はすぐに、

「私にも教えてくれるかな?」

と聞きました。

「いいよ」

と言ってくれたので、母と一緒に、その先生のところへレッスンをお願いに行くことになりました。

地図を頼りに行ってみると、とても大きな豪邸がありました。

「ここかな?」

と思いながら中へ入ると、足が沈みそうなほどふかふかの紺色の絨毯。

その部屋には、真っ白なグランドピアノが置かれていました。

しばらくすると、髭をたくわえた先生が出てきました。

そして、

「じゃあ、何か吹いてみなさい」

と言いました。

私は夢中でフルートを吹きました。

先生は私の演奏を聴いたあと、

「いいでしょう。座りなさい」
「変な癖もついていないようだし、教えましょう」

と言ってくださいました。

そして先生は、

「本当に、一生フルートをやりますか?」

と聞きました。

私は、

「はい」

と答えました。

でも、本当のところ、その時の私は、

「みんなより少し上手に吹けるようになりたい」

くらいにしか思っていませんでした。

一生フルートを続ける覚悟など、まだありませんでした。

先生は何度も、

「一生やりますか?」

と聞きました。

私はそのたびに、

「やります」

と答えました。

そう言わなければ、教えてもらえないと思ったからです。

まさか、その時の言葉が本当に私の人生になるとは思っていませんでした。

少し上手になりたいだけだったのに、プロ養成のレッスンが始まりました

先生から提示された月謝は、とても高いものでした。

帰り道、母と、

「高かったね」
「でも今さら断れなかったね」

と話しながら帰ったことを覚えています。

翌週からレッスンが始まりました。

私は、少しフルートが上手になれればいいと思っていただけでした。

ところが始まったのは、完全にプロを目指す人のための厳しいレッスンでした。

それでも私は、そのレッスンが楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。

毎日練習しました。

先生のおかげで、私はみるみる上達していきました。

そして先生から、

「音楽高校へ進んだ方がいい」

と勧めていただきました。

けれど母は、

「お金がかかるから」

と反対しました。

私は音楽高校へ行くことができず、県立高校の普通科へ進みました。

音大へ行きたいとも言えませんでした

高校卒業後、私は音楽大学へ進みたいと思っていました。

でも、母にはまた反対されました。

そこで私は、

「音楽の先生になる」

と言いました。

本当は、学校の先生になりたかったわけではありません。

私は演奏者になりたかったのです。

でも、演奏者になりたいと言えば反対されると思ったので、

「音楽の先生になるために勉強する」

と話し、国立大学の教育学部の音楽課程へ進みました。

ようやく、専門的に音楽を学べる。

本来なら幸せな時間になるはずでした。

しかし、大学生活は、私にとって本当につらいものでした。

担当の先生や先輩との人間関係に苦しみ、大学の環境にもなかなかなじめませんでした。

私は音楽が大好きなのに、大学ではのびのびと演奏することができませんでした。

卒業するとき、先生から、

「今までごめんなさい」

と言われました。

そして、

「ほかの大学院でさらに勉強したあと、この大学でフルートを教えてほしい」

とも言われました。

でも、その頃の私はもう大学という場所にすっかり嫌気がさしていました。

その道には進まず、フリーランスの演奏者になることを選びました。

ようやく始まった演奏の仕事も、また失いました

卒業後、私は演奏の仕事を始めました。

ようやく、自分がずっとやりたかった「演奏する仕事」ができるようになりました。

ところが、当時一緒に暮らしていた人が、私宛てにかかってくる演奏の仕事の電話を取り次いでくれなくなりました。

仕事の連絡が私に届かない。

その結果、演奏の仕事はどんどん減っていきました。

その人とは結婚の約束もしていましたが、相手のご両親から、

「あなたの親が医者ではないからダメ」
「私たちにも夢があります」

と言われました。

さらには、

「2億円の持参金を持ってきて」

と言われるなど、いろいろなことがありました。

相手の浮気なども重なり、最終的に別れることになりました。

その後、出会った人と結婚しました。

夫は、私が演奏の仕事をすることについては理解してくれていました。

でも、子どもが生まれました。

母も私の演奏活動には反対していたため、子どもを預かってもらうこともできませんでした。

そのため、私は7年間、演奏の仕事ができませんでした。

7年間のブランクを経て、もう一度始めました

上の子が小学校に入り、下の子が幼稚園に入った頃。

私はようやく、

「もう一度、フルートをやろう」

と思いました。

フルート教室と演奏活動を再スタートしました。

ところが、その頃、夫の転勤で松山から広島へ引っ越していました。

大学からも離れています。

仕事を紹介してくれる人もいません。

広島には知り合いも友達も一人もいませんでした。

そして私は、そこで初めて大きな壁にぶつかりました。

「演奏の仕事って、どうやって探せばいいんだろう?」

私は演奏するための勉強はしてきました。

フルートを吹くことは勉強してきました。

でも、

どこへ営業すればいいのか。

どうやって自分を知ってもらうのか。

演奏料金はいくらにすればいいのか。

仕事につながるプロフィールはどう作ればいいのか。

演奏の仕事を探す方法は、誰にも教えてもらったことがありませんでした。

電話帳を開いて、ゼロから営業を始めました

最初は、知り合った方から少しずつ演奏の仕事を紹介していただきました。

一方で、

「広島出身の人ではないから」

という理由で仕事をいただけないこともありました。

それでも、同じように広島出身ではない方から仕事をいただくこともありました。

私は、どうしても演奏の仕事がしたかったのです。

だから、できることは何でもやりました。

電話帳を開いて、片っ端から営業の電話をしました。

カセットテープに自分の演奏を録音して送りました。

ホームページも立ち上げました。

当時は今のように簡単にホームページを作れる時代ではなかったため、東京の制作会社にお金を払い、本格的なホームページを作ってもらったこともあります。

どうすれば演奏の仕事をいただけるのか。

考えて、試して、失敗して、またやってみる。

その繰り返しでした。

少しずつ、演奏の仕事をいただけるようになりました。

フルート教室も立ち上げました。

そして、演奏活動も教室も徐々に軌道に乗っていきました。

今度は、周りの人から相談されるようになりました

演奏の仕事をたくさんいただけるようになると、今度は周りの方から相談をされるようになりました。

「音大は出ているけれど、演奏の仕事があっても安かったり、無料の演奏ばかりになってしまいます」

「音大は出ていないけれど、仕事が休みの日に演奏活動をしたいです」

「演奏活動をしたいけれど、どうしたら仕事につながりますか?」

そんな相談を受けるようになりました。

当時の私は、無料で方法を教えていました。

自分に来た演奏の仕事をご紹介することもありました。

なぜなら、私自身が、

「演奏の仕事をしたいのに、どうしたらいいか分からない」

という経験をしてきたからです。

あの頃の私に、誰か一人でも、

「こうすればいいよ」

と教えてくれる人がいたら、どれほど助かっただろう。

そう思っていたからです。

50歳で東京へ。仕事はまたゼロになりました

50歳になった頃、家庭の事情で東京へ引っ越すことになりました。

それまで積み上げてきた演奏活動の環境から離れ、東京では、また演奏の仕事がゼロになりました。

広島に移ったときと同じです。

また一からでした。

でも、私はもう知っていました。

演奏の仕事がゼロになっても、やるべきことを一つずつ積み重ねれば、もう一度仕事を作ることができる。

広島でやってきたことを、東京でも繰り返しました。

営業をする。

自分の活動を知っていただく。

ホームページを整える。

必要な場所へ連絡をする。

一つずつ積み重ねて、東京でも再び演奏の仕事をいただけるようになりました。

私の演奏活動は、

「たまたま知り合いがいたから」
「大学から仕事を紹介してもらえたから」

続けられたものではありません。

環境が変わって仕事がゼロになっても、何度も自分で一から作ってきたものです。

両親を見送ったとき、初めて自分の残りの人生を考えました

その後、母が亡くなりました。

そして、父も亡くなりました。

両親を見送ったとき、私は考えるようになりました。

「私は、あと何年演奏活動ができるのだろう」

そして、もう一つのことが頭に浮かびました。

私が何十年もかけて、失敗しながら、試行錯誤しながら身につけてきた、

「ゼロから演奏の仕事を獲得する方法」

も、私が亡くなったら一緒に消えてしまうのだろうか。

私は、それがとてももったいないと思いました。

演奏する力はある。

楽器も長く続けてきた。

でも、どうしたら演奏の仕事につながるのか分からない。

音大を卒業していても、無料演奏ばかりになってしまう。

音大を出ていなくても、本当は人前で演奏してみたい。

仕事や子育てが一段落した50代、60代になって、

「今さら私には無理」

と思っている。

そんな方は、たくさんいるのではないかと思いました。

私は、自分が長い年月をかけて身につけてきた方法を、そういう方に伝えたいと強く思うようになりました。

私が亡くなるまでに、この方法を伝えておきたい

その頃から私は、

「この方法を伝えることは、私の使命なのかもしれない」

とまで思うようになりました。

私は、音楽をやりたいと言うたびに反対されてきました。

ピアノを習わせてもらえませんでした。

楽器がなければ、水道の蛇口で練習しました。

音楽高校へ行きたくても行けませんでした。

音楽大学へ行きたくても、そのまま行くことはできませんでした。

大学でもつらい思いをしました。

ようやく始めた演奏の仕事が減ってしまったこともあります。

子育てで7年間演奏できなかった時期もあります。

引っ越すたびに、仕事も人脈もゼロになりました。

それでも私は、そのたびに何度も演奏活動をやり直してきました。

だから私は、

「環境が整っていないからできない」
「年齢的にもう遅い」
「音大を出ていないから無理」
「営業なんてやったことがないから無理」

とは思いません。

もちろん、誰でも簡単に仕事が取れるという意味ではありません。

でも、やるべきことを知って、一つずつ行動していけば、演奏活動を仕事につなげていく道はあります。

私は、それを自分自身の経験から知っています。

なぜ無料ではなく、スクールという形にしたのか

最初は、無料で相談に乗っていました。

演奏の仕事をご紹介することもありました。

でも、一言で「演奏の仕事をする」と言っても、実際にやるべきことはたくさんあります。

演奏先を探すこと。

営業すること。

プロフィールを作ること。

ホームページを整えること。

料金を決めること。

施設へ送る資料を作ること。

演奏プログラムを考えること。

必要に応じて音源を用意すること。

機材について考えること。

当日の流れを確認すること。

演奏が終わったあとにお礼をすること。

そして、単発の演奏を次の依頼につなげていくこと。

演奏活動は、ただ楽器を上手に演奏できれば仕事になる、というものではありません。

実際に動き出すと、

「この文章で大丈夫でしょうか」
「この施設に電話していいですか」
「この料金で高すぎませんか」
「断られたらどうしたらいいですか」
「次は何をすればいいですか」

と、次々に疑問や不安が出てきます。

それを一人ひとり、長い期間、すべて無料で支え続けることはできません。

私自身も、無理をして続ければ、いつかサポートそのものを続けられなくなります。

だから私は、必要な費用をいただきながら、無理なく長く続けられる「スクール」という形にすることにしました。

教材だけを渡して終わりにはしたくありませんでした

演奏活動実践スクールを作るとき、私は受講生専用のサイトを立ち上げました。

営業の方法。

プロフィールの作り方。

施設への連絡方法。

演奏プログラム。

料金。

演奏後のフォロー。

一つずつ学べるようにしました。

さらに、公式LINEも用意しました。

実際に行動しているときに、

「これで大丈夫かな」

と思ったことを、その場で気軽に質問していただけるようにするためです。

私は、教材だけを渡して、

「あとは自分で頑張ってください」

という形にはしたくありませんでした。

なぜなら、私自身が演奏活動を始めたとき、本当に欲しかったのは情報だけではなかったからです。

迷ったときに、

「それで大丈夫ですよ」

「次はこれをやってみましょう」

と言ってくれる人がいたら、どれだけ心強かっただろうと思います。

だから私は、できる限り一人ひとりに寄り添いながら、実際に演奏活動が進んでいくところまでサポートする形にしました。

私が届けたいのは、演奏の仕事だけではありません

私が本当に届けたいものは、

「演奏の仕事を取る方法」

だけではありません。

長い間続けてきた楽器が、誰かの役に立つこと。

自分の演奏を聴いた方から、

「ありがとうございました」
「楽しかったです」
「また来てください」

と言っていただけること。

そして、自分の演奏に対してきちんと対価をいただけること。

50代、60代になっても、

「まだ私にもできることがある」
「これからも音楽を続けていける」

と思えること。

私は、それがとても大切だと思っています。

若い頃のように、毎日何時間も練習したり、全国を飛び回ったりしなくてもいい。

たとえば、レッスンのない平日の午後。

自宅の近くの高齢者施設へ楽器を持って出かける。

30分ほど演奏をして、皆さんに歌っていただいたり、音楽を楽しんでいただく。

「またお願いします」と言っていただき、演奏料を受け取って家に帰る。

そんな演奏活動なら、50代、60代からでも続けていける方はたくさんいると思っています。

音楽を続けてきた時間を、これからの人生につなげてほしい

これまで何十年も楽器を続けてきたのに、

「私はプロではないから」

「音大を出ていないから」

「もう年齢的に遅いから」

という理由だけで、その音楽を自分の中だけにしまってしまうのは、私はとてももったいないと思います。

演奏を必要としている方はいます。

音楽を楽しみにしている高齢者の方もいます。

地域には、

「誰か演奏に来てくれたら」

と思っている施設もあります。

その方たちと、演奏したい方をつなぐ。

そして、

「好きな音楽を続けながら、少しでも収入を得られる」

という選択肢を持っていただく。

それが、今の私がしたいことです。

私が何度もゼロから作ってきた方法を、次の方へ

私はこれまで、何度も演奏の仕事がゼロになる経験をしました。

そのたびに、

「どうすれば、また演奏できるだろう」

と考え、自分で道を探してきました。

電話帳しかなかった時代には、電話帳を見ながら営業しました。

カセットテープしかなかった時代には、カセットテープに演奏を録音して送りました。

ホームページが必要だと思えば、自分で立ち上げたり、専門の会社に依頼したりしました。

時代が変われば、方法も変わります。

でも、

「自分の演奏を必要としてくださる方を探し、その方にきちんと自分のことを伝え、信頼関係を作っていく」

という本質は変わりません。

私が何十年もかけて身につけてきたこの方法を、これからは次の方へ渡していきたい。

そのために、私は演奏活動実践スクールを作りました。

「演奏してみたい」で終わらせないために

「いつか演奏活動をしてみたい」

そう思っているだけでは、何年経っても状況は変わらないことがあります。

私自身も、誰かが仕事を用意してくれるのを待っていたわけではありません。

何度も失敗しながら、自分から動いてきました。

だからこそ今は、

「演奏したい」

という気持ちを、

「実際に演奏の仕事をする」

ところまでつなげたいと思っています。

一人では分からないことがあっても大丈夫です。

営業をしたことがなくても、一つずつ覚えていけばいい。

最初から完璧なプロフィールやホームページを作れなくてもいい。

一緒に整えていけばいい。

最初の一件が決まるまでに時間がかかることがあっても、そこで終わりではありません。

一つずつ経験を積んでいけばいいのです。

私の願い

5歳の私が幼稚園のオルガンを弾きながら、

「私も美しい音楽を演奏できるようになりたい」

と思った日から、ずいぶん長い年月が経ちました。

あの頃の私は、まさか一生フルートを続けるとは思っていませんでした。

まして、自分の経験をほかの演奏者の方に教える日が来るとは想像もしていませんでした。

でも今振り返ると、

音楽をやりたいのに反対されたことも、

楽器がなくて蛇口で練習したことも、

大学でつらい思いをしたことも、

演奏の仕事を失ったことも、

7年間演奏できなかったことも、

知らない土地でゼロから仕事を探したことも、

すべてが今の活動につながっています。

だから私は、これからも伝え続けたいと思っています。

「演奏したい」という気持ちを、諦めなくていい。

これまで続けてきた音楽を、これからの人生に生かしてほしい。

そして、自分の演奏を待ってくださる方のもとへ、自信を持って楽器を持って出かけてほしい。

私が何度もゼロから作ってきた演奏活動の方法が、その一歩を踏み出すためのお役に立てたら、これほど嬉しいことはありません。

それが、私が演奏活動実践スクールを続けている理由です。

演奏活動について悩んでいる方へ

もし今、

「演奏活動をしてみたいけれど、何から始めたらいいか分からない」

「自分にも演奏の仕事ができるのだろうか」

「営業をしたことがないので、一人で始めるのは不安」

そんなことで悩んでいらっしゃるなら、一人で抱え込まず、お気軽にご相談ください。

今までのご経験や、これからどんな演奏活動をしていきたいのかを伺いながら、あなたに合った方法を一緒に考えていきます。

長く続けてきた音楽を、これからの人生につなげていく。

その最初の一歩を踏み出すお手伝いができましたら嬉しく思います。


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演奏活動実践スクールでは、私がこれまで何度もゼロから演奏の仕事を作ってきた経験をもとに、一人ひとりの状況に合わせて演奏活動をサポートしています。サポート内容や受講について詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。

 


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